忍者ブログ
昔の鉄道写真を公開していきます。

菅原天満宮公園 2019.02.04 DF50/EH10

東淀川区の菅原天満宮公園に保存されていたDF50-4。
フェンスと温室のような建物の中で保存されていて、
外からは見えにくい状態で保存されていました。
2024年頃に撤去されてしまいました。(2019.02.04/菅原天満宮公園)


同じく東淀川区の東淡路南公園に保存されているEH10-61。
こちらもフェンスで覆われていて中が見えにくい状態ですが、
2026年時点でもまだ残っています。(2019.02.04/東淡路南公園)


PR

JR西日本 おおさか東線 放出 2018.12.08 おおさか東線開業前の放出駅

おおさか東線開業の3か月前頃の放出駅。
すでに行き先表示板も設置されていて、開業準備中でした。(2018.12.08/放出)



放出駅で並んだおおさか東線の201系。(2018.12.08/放出)


この頃には、放出駅に到着した列車はお客を下ろした後、
訓練列車として新大阪まで運転されていました。(2018.12.08/鴫野)

JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2014.09.15 赤川鉄橋の工事風景

おおさか東線開業に向けて複線化工事中の赤川鉄橋。
木製の歩道部分がはずされて、線路を敷設する工事が始まっていました。
(2014.09.15/吹田-鴫野)




赤川鉄橋の南側は、すでにバラストも設置されて、
線路を敷設する直前の状態になっていました。(2014.09.15/吹田-鴫野)

JR西日本 交通科学博物館 2014.05.04

弁天町にあった交通科学博物館。
2014年4月に閉館となった直後の写真です。

展示物はまだ撤去されておらず、
屋外展示されていた車両は外から見ることができました。(2014.05.04/交通科学博物館)


本館とは少し離れたところに展示されていたDF50とDD13。
近くの歩道橋から、環状線の列車と一緒に写真に収めることができました。
(2014.05.04/交通科学博物館)


DD54はさらに別の場所に単体で置かれていたようです。
改めて見てみると、博物館のスペースもかなり手狭だったようです。
(2014.05.04/交通科学博物館)

JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2014.05.04 おおさか東線工事風景

おおさか東線開業に向けて複線化工事中の風景です。
鴫野駅から寝屋川を渡って少し行ったところにある踏切で、
右が単線時代の線路跡で、左が複線用に新設された線路です。
最終的には両方とも綺麗に敷設しなおすために、
もともとの線路も撤去された時期のようです。(2014.05.04/吹田-鴫野)




新大阪方向も、新しい線路だけが使われていて、
単線時代の線路はいったん全部撤去されていたようです。
ここの踏切は、新大阪-放出間では唯一の踏切として、現在でも残っています。
(2014.05.04/吹田-鴫野)

        
  • 1
  • 2
  • 3