菅原天満宮公園 2019.02.04 DF50/EH10 JR西日本 おおさか東線 2026年04月09日 東淀川区の菅原天満宮公園に保存されていたDF50-4。 フェンスと温室のような建物の中で保存されていて、 外からは見えにくい状態で保存されていました。 2024年頃に撤去されてしまいました。(2019.02.04/菅原天満宮公園) 同じく東淀川区の東淡路南公園に保存されているEH10-61。 こちらもフェンスで覆われていて中が見えにくい状態ですが、 2026年時点でもまだ残っています。(2019.02.04/東淡路南公園) PR
JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2019.02.04 EF65貨物 JR西日本 おおさか東線 2026年04月02日 おおさか東線の新大阪延伸直前の、まだ城東貨物線時代の写真です。 赤川鉄橋付近を走るEF65貨物列車。 この頃はPFもまだ現役でよく走っていました。(2019.02.04/吹田-鴫野)
JR西日本 おおさか東線 JR野江-鴫野 2019.02.04 おおさか東線開業前の試運転列車 JR西日本 おおさか東線 2026年03月26日 おおさか東線の新大阪延伸直前の写真です。 久宝寺方面から放出に到着した列車は、試運転列車として新大阪まで運転されていました。 (2019.02.04/JR野江-鴫野) 赤川鉄橋付近のを行く201系試運転列車です。 (2019.02.04/JR淡路-城北公園通)
JR西日本 おおさか東線 放出 2018.12.08 おおさか東線開業前の放出駅 JR西日本 おおさか東線 2026年01月28日 おおさか東線開業の3か月前頃の放出駅。 すでに行き先表示板も設置されていて、開業準備中でした。(2018.12.08/放出) 放出駅で並んだおおさか東線の201系。(2018.12.08/放出) この頃には、放出駅に到着した列車はお客を下ろした後、 訓練列車として新大阪まで運転されていました。(2018.12.08/鴫野)
JR西日本 おおさか東線 放出 2017.02.24 103系/201系 JR西日本 おおさか東線 2025年04月24日 放出駅に停車中のおおさか東線201系と103系。 201系は新大阪開業後の最近まで走っていたイメージでしたが、 103系もこの頃まではまだ残っていたようです。(2017.02.24/放出)
JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2016.03.26 蒲生踏切の工事風景 JR西日本 おおさか東線 2025年01月04日 おおさか東線開業に向けて複線化工事中の蒲生踏切。 JR野江-鴫野間に今も残る踏切で、もともと単線だった区間を複線化工事している最中でした。 (2016.03.26/吹田-鴫野)
JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2014.09.15 赤川鉄橋の工事風景 JR西日本 おおさか東線 2024年05月15日 おおさか東線開業に向けて複線化工事中の赤川鉄橋。 木製の歩道部分がはずされて、線路を敷設する工事が始まっていました。 (2014.09.15/吹田-鴫野) 赤川鉄橋の南側は、すでにバラストも設置されて、 線路を敷設する直前の状態になっていました。(2014.09.15/吹田-鴫野)
JR西日本 城東貨物線 JR長瀬-平野 2014.05.31 EF66-0番台 JR西日本 おおさか東線 2024年04月30日 城東貨物線のEF66-33貨物列車。 今では見れなくなったEF66-0番台の機関車です。(2014.05.31/JR長瀬-平野) 百済に到着後は、コンテナ車を切り離して留置線まで入れ換えしていました。 (2014.05.31/百済)
JR西日本 交通科学博物館 2014.05.04 JR西日本 おおさか東線 2024年04月28日 弁天町にあった交通科学博物館。 2014年4月に閉館となった直後の写真です。 展示物はまだ撤去されておらず、 屋外展示されていた車両は外から見ることができました。(2014.05.04/交通科学博物館) 本館とは少し離れたところに展示されていたDF50とDD13。 近くの歩道橋から、環状線の列車と一緒に写真に収めることができました。 (2014.05.04/交通科学博物館) DD54はさらに別の場所に単体で置かれていたようです。 改めて見てみると、博物館のスペースもかなり手狭だったようです。 (2014.05.04/交通科学博物館)
JR西日本 城東貨物線 吹田-鴫野 2014.05.04 おおさか東線工事風景 JR西日本 おおさか東線 2024年04月27日 おおさか東線開業に向けて複線化工事中の風景です。 鴫野駅から寝屋川を渡って少し行ったところにある踏切で、 右が単線時代の線路跡で、左が複線用に新設された線路です。 最終的には両方とも綺麗に敷設しなおすために、 もともとの線路も撤去された時期のようです。(2014.05.04/吹田-鴫野) 新大阪方向も、新しい線路だけが使われていて、 単線時代の線路はいったん全部撤去されていたようです。 ここの踏切は、新大阪-放出間では唯一の踏切として、現在でも残っています。 (2014.05.04/吹田-鴫野)