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昔の鉄道写真を公開していきます。

三木鉄道 三木線 別所 2008.01.26

三木鉄道別所駅。
三木線開業当時からある駅で、昔ながらの古い駅舎が残っていました。
(2008.01.26/別所)





三木鉄道石野駅。
こちらも三木線開業当時からある駅で、
別所駅とよく似た昔ながらの古い駅舎が残っていました。
(2008.01.26/石野)





下石野付近を行くミキ300。
下石野駅は、第三セクター化されてから新しくできた駅で、
ホームしかない簡易的な駅のようでした。
(2008.01.26/下石野-石野)
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三木鉄道 三木線 三木 2008.01.26

三木鉄道廃止直前の三木駅。
2008年3月に三木鉄道は廃止になりました。
駅舎は少し移設されて公園の施設として今も残っています。
(2008.01.26/三木)




三木駅に停車中のミキ300。(2008.01.26/三木)



三木駅構内の配線分岐。
今は公園になっていて、線路跡がモニュメントとして残っています。
(2008.01.26/三木)

JR西日本 東海道本線 新大阪 2008.01.18 特急時刻表

2008年当時の新大阪駅17・18番線の特急時刻表。
「きたぐに」「日本海」「銀河」「なは・あかつき」
「北近畿」「文殊」「タンゴエクスプローラー」
「雷鳥」「しなの」等、過去の特急がたくさん記載されています。
今では「サンダーバード」「スーパーはくと」「びわこエクスプレス」
ぐらいしか残っていない気がします。(2008.01.18/新大阪)

JR西日本 東海道本線 大阪 2007.12.21 なは/あかつき

大阪駅に停車中の「なは/あかつき」。
関西-九州間に最後まで残っていたブルートレインで、
EF66が牽引していました。(2007.12.21/大阪)


2人用B寝台個室の「デュエット」。(2007.12.21/大阪)


「DUET」のマークが、白いタイプとシルバーのタイプがあったようです。
(2008.02.22/大阪)


1人用B寝台個室の「ソロ」。
まもなく廃止が決まっていたためなのか、
末期には車両の側面もかなり傷んだ状態で走っていました。(2008.02.18/大阪)


「あかつき」最後尾のレガートシート車。
最後尾には窓もなく、かなり特異な形状の車両でした。
(2007.10.29/大阪)



「なは」の行き先表示。
昔は西鹿児島行きでしたが、この頃にはは熊本行きに短縮されていました。
(2008.01.09/大阪)


「あかつき」は長崎行きでした。
「なは」と「あかつき」は鳥栖で分割されて、それぞれの終点まで向かっていました。
(2008.02.21/大阪)

JR西日本 東海道本線 新大阪 2007.12.13 11番線の行先案内板

新大阪駅11番線の行先案内板。
深夜には新大阪発紀伊田辺行きの快速がまだ残っていました。
当時は梅田貨物線の列車をホーム1本で捌いていて、
紀伊田辺行きと京都行きが同時に表示されています。
(2007.12.13/新大阪)



新大阪駅12番線の行先案内板。
こちらも深夜帯には「銀河」「きたぐに」の夜行急行がまだ現役でした。
(2007.12.13/新大阪)

JR西日本 東海道本線 大阪 2007.12.06 EF65-1118銀河

大阪駅に停車中のEF65「銀河」。
赤色が特徴的な、レインボー塗装機のEF65-1118です。
たまに、銀河の運用に入って大阪までやって来ました。(2007.12.06/大阪)


通常は特急色のEF65 1000番台の牽引でした。(2007.12.13/新大阪)



綺麗に整備された特急色ですが、急行列車の「銀河」にはヘッドマークは付きませんでした。
(2007.12.17/大阪)



上り「銀河」の最後尾カニ24。
貫通型の100番台です。(2007.12.06/大阪)



非貫通型のカニ24 0番台。(2008.01.10/大阪)


「銀河」の側面方向幕。
急行列車でしたがA寝台も連結されていました。(2008.01.10/大阪)



通常は、上の写真のように黒地でしたが、
車両によってはプリンタで印刷したような幕を使っているものもありました。
(2008.02.14/大阪)