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昔の鉄道写真を公開していきます。

山陽電鉄 本線 山陽須磨 1986年

旧塗色の山陽電鉄3000系鋼製車。
阪急六甲行きの特急のようです。
昔は阪急線にも乗り入れていました。
(1986年/山陽須磨)


こちらは新塗色になっていた山陽電鉄3000系。
元々は上のようなクリーム色と紺色の車体色でしたが、
この頃からアルミ車に似た色に変更されていきました。
(1986年/山陽須磨)
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国鉄 北陸本線 近江塩津 1986年 80年代の北陸特急

近江塩津駅を通過する、489系ボンネットの「しらさぎ」。
自動連結器が剥き出しなので、485系ではなく489系だと思います。
(1986年/近江塩津)


近江塩津駅を通過する、485系ボンネットの「雷鳥」。
湖西線から通過線を通って北陸方面へ向かうところです。
外側にさらに線路が見えますので、今と比べると近江塩津駅の線路が1本多かったようです。
(1986年/近江塩津)


米原から北陸方面へ向かう、485系「加越」。
「加越」は、米原と金沢・富山を結んでいた、しらさぎの弟分のような列車でした。
(1986年/近江塩津)



湖西線から北陸方面へ向かう、EF81貨物列車。
コンテナではなくタキのような感じで、貨物列車にしてはかなり短そうです。
(1986年/近江塩津)



北陸方面から湖西線へ向かう、EF81客車列車。
後ろの客車は12系か14系座席車のようですが、
普通列車ではなかったので、おそらく臨時列車だと思います。
(1986年/近江塩津)



米原から北陸方面へ向かう、EF81貨物列車。
機関車の後ろは郵便車のようにも見えますので、荷物列車だったのかもしれないです。
(1986年/近江塩津)



583系「雷鳥」。
この頃は、定期列車の「雷鳥」は485系で統一されていましたが、
夏休みの臨時列車では583系も走っていました。
(1986年/近江塩津)



旧塗色の419系。
この頃登場した583系から改造された普通列車で、
国鉄時代は赤地に白帯のカラーでした。
(1986年/近江塩津)



旧塗色の419系。
切妻側のいわゆる食パン顔です。
「TOWNトレイン」という名称が付いていました。
(1986年/米原)

国鉄 山陰本線 京都 1986年 非電化時代の山陰本線京都駅

京都駅の山陰1番ホームに停車中のキハ181系「あさしお」。
現在の30番ホーム(はるかホーム)が山陰1番ホームでした。
この時の「あさしお」は京都から城崎や鳥取方面への特急で、
山陰本線が電化されたときに「きのさき」に置き換えられました。
(1986年/京都)



京都駅の山陰本線ホームに停車中のキハ47系普通列車。
山陰本線の京都口も電化される前なので、キハ40系統がメインでした。
現在の31番ホームのようですが、32-33番ホームはまだなくて、
留置線しかなかったようです。(1986年/京都)

国鉄 東海道本線 大阪 1986年 20系日本海

大阪駅に停車中の24系「日本海」。(1986年/大阪)


大阪駅に停車中の20系「日本海」。
定期運用の日本海は24系でしたが、
夏休みの時期には臨時列車も運転されていて、そちらは20系で運用されていました。
20系の大型のテールマークも、イラスト入りの物が準備されていました。
(1986年/大阪)




大阪駅に停車中のEF65+寝台列車。
列車名はわかりませんが、EF65なので日本海ではないようです。
ヘッドマークもないので、急行「ちくま」あたりでしょうか。
(1986年/大阪)

国鉄 和歌山線 高田 1986年 SL大和路号と113系/105系

高田駅に停車中の桜井線の113系。
113系春日色と湘南色の混色編成でした。
桜井線といえば105系のイメージですが、113系も走っていたようです。
(1986年/高田)


こちらの方向幕には「桜井線-(快速)-湊町」と書かれているようです。
おそらく奈良発、桜井線経由の湊町行き快速だと思います。
(1986年/高田)


桜井線105系。
常磐線で走っていた、貫通型103系からの改造車です。
(1986年/高田)


高田駅に到着する、C56-160 SL大和路号。
SL大和路号は、1986年の夏休み期間に、奈良-王寺間の桜井線・和歌山線に走っていました。
(1986年/高田)


二上山をバックに走る、C56-160 SL大和路号。
(1986年/高田-下田間)

近鉄 東大阪線 生駒 1986年

生駒駅に停車中の7000系。
近鉄東大阪線が開業する直前の試運転列車だったと思います。
(1986年/生駒)


東大阪線開業直後の新石切駅に停車中の7000系。
7000系は、大阪市営地下鉄・中央線との乗り入れのため、
従来の近鉄電車とはデザインも規格も全く違う車両です。
(1986年/新石切)

国鉄 東海道本線 大阪 1986年 福知山線の12系客車

大阪駅で並ぶ、大阪環状線103系とボンネット485系「雷鳥」。
103系はシールドビーム化されていない白熱灯の車両がまだ走っていたようです。
(1986年/大阪)


大阪駅に停車中のDD51と12系客車。
おそらく福知山線の12系客車でしたが、列車名はわかりません。
当時の福知山線は、宝塚から先がまだ非電化だったため、
福知山方面への鈍行列車か、急行「だいせん」あたりではないかと思います。
(1986年/大阪)

近鉄 天理線 天理 1986年

デビュー間もない頃の3200系。
3200系は、それまでマルーン一色だった近鉄電車の中で、
初めて白+マルーンのツートンカラーで登場しました。
京都市営地下鉄直通用の車両でしたが、乗り入れ開始までの間は
奈良線・京都線・橿原線系統の各地で走っていました。
(1986年/天理)


大和西大寺駅に到着する18400系。
18400系は昔は車両限界が小さかった橿原線用特急車両で、
12000系と比べると車幅が狭いので細長いイメージです。
のちに「あおぞらII」の増結車に改造されましたが、すでに全廃されています。
(1986年/大和西大寺)


大和西大寺駅に停車中の18200系。
18200系も橿原線用の特急車両で、前面スタイルが独特でした。
こちらは、初代「あおぞらII」として改造されましたが、すでに全廃されています。
(1986年/大和西大寺)

国鉄 大阪環状線 鶴橋 1986年 国鉄時代の大阪環状線

鶴橋駅に到着する113系快速。
今の大和路快速の前身で、関西本線直通の列車です。
当時は「奈良-大阪環状線」のヘッドマークが付いていました。
(1986年/鶴橋)


鶴橋駅に停車中の103系。
当時の大阪環状線の列車は、大半が103系で、
たまに113系がやって来るような感じでした。
(1986年/鶴橋)

南海 高野線 千代田 1985年

千代田駅を通過する旧塗色時代の21000系ズームカー。
千代田駅も橋上駅舎になる以前の風景です。
当時の高野線急行は、基本的に難波-極楽橋間の大運転しかなかったため、
21000系の前面には「急」とだけ書かれたヘッドマークが掲げられていました。
(1985年/千代田)
無塗装時代の8200系。
8200系は前面に縁飾りが付いたデザインで、本数も少なかったため独特の存在でした。
現在はVVVF化されて、6200系に編入されているそうです。
(1985年/千代田)


無塗装時代の6200系。
丸みのある6000系/6100系に対して、6200系は前面が平面なデザインです。
(1985年/千代田)


旧塗色時代の22000系急行。
当時の高野線急行は、三日市町で難波寄り2両を増解結していたため、
難波寄りには必ず22000系が入っていました。
(1985年/千代田)


無塗装時代の6000系。
まだ方向幕もなく、丸い行き先が付いていた頃です。
20m車が入れるのも林間田園都市まででした。
(1985年/難波)


泉北高速3000系。
昔は、泉北車も南海車も関係なく運用されていたようで、
泉北車にも関わらず、このときは難波-河内長野間の各停運用だったようです。
(1985年/難波)