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昔の鉄道写真を公開していきます。

JR西日本 紀勢本線 箕島 2007.08.16 113系混色編成

紀勢本線の113系。
この時は、JR西日本色と阪和色の混結編成でした。(2007.08.16/簑島)



紀伊田辺駅構内に留置中の113系。
JR西日本色と阪和色の2編成です。
混色ではない編成も走っていたようです。(2007.08.16/紀伊田辺)



紀勢本線の105系。
105系も紀勢本線仕様はオーシャングリーンのカラーリングでした。
和歌山線の105系とは違って、103系からの改造車ではない3扉車の編成でした。
(2007.08.16/紀伊田辺)




紀勢本線の113系ワンマン編成。
御坊-紀伊田辺間は、103系のような運転台が付いた2両編成の113系が使用されていました。
(2007.08.16/紀伊田辺)


湯浅駅に停車中の瀬戸内色113系。
写真だとはっきりしませんが、中間車は湘南色のようにも見えます。(2007.08.16/湯浅)
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JR西日本 紀勢本線 和歌山 2007.08.16 113系混色編成

和歌山線の105系と紀勢本線の113系。
当時の紀勢本線の113系はいろいろ混在していて、
こちらは瀬戸内色と湘南色の混結編成でした。(2007.08.16/和歌山)


紀勢本線の105系。
紀勢本線の中でも和歌山-和歌山市間の列車は、
和歌山線と同じ2両編成の105系が使われていました。(2007.08.16/和歌山)



105系と117系の並び。
117系は和歌山地区のオーシャンブルーの編成です。(2007.08.16/和歌山)


105系快速五条行き。
和歌山線の中では珍しい快速列車です。(2007.08.16/和歌山)


紀勢本線の阪和色113系。
いろいろ混在している中でも、阪和色の113系も残っていました。(2007.10.14/和歌山)

JR西日本 紀勢本線 冷水浦 2007.03.31 きのくにシーサイド

冷水浦駅を通過する「きのくにシーサイド」。
12系客車でしたが、最後尾にも運転台があって、
DE10の専用機が後ろから押して走っていました。
「きのくにシーサイド」の編成自体は2007年夏に廃止されたようなので、
このときは廃止前の最期の時期になります。
専用機のDE10-1152は、その後も宮原総合運転所で入れ換え用に使われています。
(2007.03.31/冷水浦)




冷水浦駅を通過する381系「スーパーくろしお」。(2007.03.31/冷水浦)




紀勢本線の阪和色の113系。
このころの113系は、阪和線からはほとんど撤退していましたが、
和歌山-御坊間ではまだ113系が主体でした。
混色編成も多かったですが、このように綺麗な阪和色で統一された編成も残っていました。
(2007.03.31/冷水浦)

JR西日本 紀勢本線 黒江-紀三井寺 2007.01.05 117系と381系

紀勢本線の117系。
紀勢本線の和歌山-御坊間の普通列車は、
オーシャンカラーの117系が、113系とともに活躍していました。
(2007.01.05/黒江-紀三井寺)


381系「くろしお」。
パノラマグリーン車の付いていない、通常の「くろしお」編成です。
振り子が効いているため、普通列車と比べると車体がだいぶ傾いていました。
(2007.01.05/黒江-紀三井寺)

JR西日本 紀勢本線 2006.08.12 紀伊由良-広川ビーチ 113系混色編成

紀勢本線を走る混色編成の113系。
この時は湘南色と瀬戸内色の混色編成でした。
この頃は、福知山線ATS-P化の影響だったと思いますが。
混色編成の113系がたくさん走っていました。(2006年/紀伊由良-広川ビーチ)


381系「くろしお」。
堂々とした9両編成の特急列車です。(2006年/紀伊由良-広川ビーチ)



オーシャンカラーの117系。
元新快速の117系も、4両に短くなって紀勢本線でも走っていました。
(2006年/紀伊由良-広川ビーチ)

JR西日本 紀勢本線 和歌山 1988年 阪和色113系と湘南色165系

和歌山駅に停車中の阪和色113系。
和歌山-紀伊田辺間各駅停車です。(1988年/和歌山)


阪和色113系。
こちらは、天王寺から御坊まで直通する快速でした。(1988年/和歌山)

和歌山駅に停車中の165系。
和歌山から新宮まで直通する各駅停車です。
このころは、165系も普通列車に使われていました。(1988年/和歌山)


地上駅時代の海南駅。
今は立派な高架駅になっていますが、昔はこんな感じでした。
駅前の車にも時代を感じます。
駅名標にも、野上鉄道の乗り換え案内もありました。(1988年/海南)


地平時代の海南付近を行く113系。
海南駅から黒江方面へ少し行ったあたりだったと思いますが、
今では周りの風景も変わりすぎて、どこだったかわかりません。(1988年/海南-黒江)
        
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