忍者ブログ
昔の鉄道写真を公開していきます。

近鉄 奈良線 大和西大寺-新大宮 2006.10.07

大和西大寺-新大宮間の平城宮跡を走る列車です。
遷都1300年のイベントで、このあたりもだいぶ整備されて変わってしまいましたが、
この頃はまだ草むらが広がっていました。(2006.10.07/大和西大寺-新大宮)

草むらの中を行く30000系ビスタEX。


京都市交10系の急行。
現在も奈良までの運用があるようですが、なかなか見られないレアな車両です。

PR

近鉄 奈良線 孔舎衛坂駅跡 2004.07.18

近鉄奈良線の孔舎衛坂駅跡と旧生駒トンネル。
1964年に新生駒トンネルが完成して廃止された旧線跡です。
現在も遺構は残っていますが、敷地内には入ることができなくなったようです。
(2004.07.18/孔舎衛坂駅跡)


ホームには、現役当時に使われていた階段も残っています。
奈良方面ホーム側に駅舎があり、構内踏切で渡る構造だったそうです。
(2004.07.18/孔舎衛坂駅跡)


大阪方面ホームの奥には神社がありました。
(2004.07.18/孔舎衛坂駅跡)


旧生駒トンネルの入り口。
こちらは厳重に閉鎖されていて、中に入れないようになっていました。
(2004.07.18/孔舎衛坂駅跡)

近鉄 生駒線 生駒 1988年

生駒駅に停車中の800系。
800系は旧生駒トンネル対応の中型車で、奈良線の特急車として登場しましたが、
晩年は生駒線で運用されていました。
一部の車両は改造されて伊賀線で運用されるようになります。(1988年/生駒)

近鉄 難波線 難波 1988年

難波駅に停車中の21000系アーバンライナー。
アーバンライナーが登場して間もない頃です。(1988年/難波)


難波駅に停車中の12000系と8000系。
この頃には12000系の車体更新が進んでいましたが、
行き先幕化される前の車体も残っていたようです。
写真の8000系はアルミ車の先頭車で、丸みの少ない独特の形状でした。
その後は中間車として閉じ込められてしまい、すでに廃止されています。
(1988年/難波)

近鉄 大阪線 高安 1987年

高安駅を通過する11400系特急。
10100系(ビスタカー)の流れをくむ丸みを帯びた特急車両でした。(1987年/高安)


20100系「あおぞら」編成の快速急行。
「あおぞら」といえば団体専用列車ですが、臨時の快速急行にも使われていたようです。
(1987年/高安)

近鉄 生駒鋼索線 鳥居前 1987年

生駒鋼索線(宝山寺線)のコ3形「すずらん」。
一時期はカラフルなイラストが描かれて、「ゆめいこま」に改称されていましたが、
現在はまた「すずらん」に戻っているようです。(1987年/鳥居前)


生駒鋼索線(山上線)のコ6形「はくちょう」。
宝山寺線の「すずらん」と同様の車両でしたが、
現在は「ドレミ」 と「スイート」に置き換えられました。(1987年/生駒山上)

近鉄 長野線 河内長野 1986年

河内長野駅に入線する6020系。
マルーン一色の旧塗色時代の編成です。
(1986年/河内長野)


河内長野駅に停車中の6800系。
6800系は「ラビットカー」として登場した車両で、
下部の標識灯も1灯ずつしかない古いタイプの通勤型車両です。
新塗色に更新されていましたが、行先表示幕はありませんでした。
(1986年/河内長野)

近鉄 東大阪線 生駒 1986年

生駒駅に停車中の7000系。
近鉄東大阪線が開業する直前の試運転列車だったと思います。
(1986年/生駒)


東大阪線開業直後の新石切駅に停車中の7000系。
7000系は、大阪市営地下鉄・中央線との乗り入れのため、
従来の近鉄電車とはデザインも規格も全く違う車両です。
(1986年/新石切)

近鉄 天理線 天理 1986年

デビュー間もない頃の3200系。
3200系は、それまでマルーン一色だった近鉄電車の中で、
初めて白+マルーンのツートンカラーで登場しました。
京都市営地下鉄直通用の車両でしたが、乗り入れ開始までの間は
奈良線・京都線・橿原線系統の各地で走っていました。
(1986年/天理)


大和西大寺駅に到着する18400系。
18400系は昔は車両限界が小さかった橿原線用特急車両で、
12000系と比べると車幅が狭いので細長いイメージです。
のちに「あおぞらII」の増結車に改造されましたが、すでに全廃されています。
(1986年/大和西大寺)


大和西大寺駅に停車中の18200系。
18200系も橿原線用の特急車両で、前面スタイルが独特でした。
こちらは、初代「あおぞらII」として改造されましたが、すでに全廃されています。
(1986年/大和西大寺)